海外勤務者の給与はどう決める?「手取り保証」から考える給与設定・手当・コスト負担の基本

きし

こんにちは。栃木・宇都宮のマロニエ会計事務所です。

海外に拠点がある企業については、自社の従業員を海外拠点に出向させるといったことも多いかと思います。その際に気を遣うのが海外勤務者の給与設計です。

海外勤務者の給与設計は日本の従業員の場合とは大きく考え方が異なりますし、注意点も多くあります。

そのため、今回は海外勤務者の給与設計の基本的な考え方や注意すべきポイントを解説していきたいと思います。

目次

海外給与の基本は「手取り保証」!グロスアップ計算とは?

なぜ「額面」ではなく「手取り」から決めるのか?

日本勤務者の給与はまず「額面金額」があり、そこから税金や社会保険料を差し引いて、その結果として「手取額」が算定されます。

一方で、海外勤務者の給与はまず「手取額」から考えることが一般的です。

これは、税制や社会保険制度が国によって異なるため、「額面金額」から考えてしまうと、税金や社会保険料を差し引いた結果として算定される「手取額」が国によって大きく変わってしまい、日本勤務者の給与との公平性が保てなくなってしまうためです。

そのため、まずは海外勤務者に対して支給したい「手取額」を設定し、そこから逆算して税金、社会保険料などを算定し、その結果として「額面金額」が算定されます。

きし

この「手取額」から逆算して「額面金額」を算定することをグロスアップ計算といったりします。

覚えておきたい専門用語「ハイポタックス」と「タックスイコライゼーション」

手取額といっても、各社考え方は様々です。

毎年、日本で勤務していたと仮定した場合の所得税、住民税、社会保険料等を緻密に計算して、手取保証額を計算するような企業もあります。

なお、日本で勤務していたと仮定した場合に発生したであろう所得税等のことを、国際労務の業界用語でハイポタックス(Hypothetical Tax)やみなし税金といったりします。

また、年末時点では日本における年末調整や住宅ローン控除を仮定した税額の再計算を行う場合もあります。これも国際労務の業界用語でタックスイコイラゼーション(Tax Equalization)といったりします。

ただし、厳密に日本で勤務していたと仮定した場合の手取額の計算を行うとキリがありません。人によっては、子どもが海外に帯同したことにより日本の子ども手当てが受け取れなくなったので、その部分も補償してほしい、と言ってくる可能性もあります。

そのため、会社によっては直近1年の海外勤務者の額面年収と手取年収の比率を用いて、簡便的に手取額を算定するようなケースもあります。

法律上明確な決まりはないので、どのような方法を採用するにしても、海外勤務者に算定方法をよく説明し、納得してもらうということが一番重要です。

海外基本給の決め方は3通り!自社に合う設定方式の選び方

海外基本給の設定方法については、大きく分けて3つの方式があります。

その中でも「購買力補償方式」が最も採用率が高いようですが、「別建て方式」や「併用方式」を用いている中小企業等もあり、各社採用している方式は様々です。

  • 別建て方式
    日本での給与を基礎とはせずに、同業他社の給与水準などを参考にして全く新たな海外基本給を設定する方式です。
  • 購買力補償方式
    海外勤務者の日本での想定生活費を見積もり、その金額に「生活費指数」と「為替レート」を乗じて海外基本給を設定する方式です。「生活費指数」という客観的な指数を用いるため、海外赴任者への説得力が増します
  • 併用方式
    日本勤務時の月給手取り額をそのまま海外基本給とし、そこに海外勤務にあたって必要な手当てを上乗せしていく方式です。

モチベーションと生活を支える!海外勤務の各種手当一覧

海外出向者には、海外勤務のモチベーション向上や現地勤務によるストレス軽減や生活補助として以下のような様々な手当が支給されることが一般的です。

  • 海外勤務手当
  • ハードシップ手当
  • 帯同家族手当
  • 住宅手当
  • 日本の社会保険料に対応する手当
  • 留守宅手当、単身赴任手当
  • 子女教育手当
  • 医療費

それぞれ解説していきます。

基本となる手当(海外勤務手当、ハードシップ手当)

海外勤務手当

海外勤務に対する奨励として支給する手当です。

会社によっては、海外勤務は日常業務に一環で当たり前のこと、との認識で支給しないケースもあります。

ハードシップ手当

治安など生活環境の厳しい地域に勤務する場合に慰労金として支給する手当です。

アメリカやヨーロッパなどの先進国での勤務の場合にはほとんど支給されませんが、インドやアフリカ地域などの発展途上国の勤務の場合には支給されることが多いです。

家族構成で変動する手当(帯同家族手当、子女教育手当、留守宅手当)

帯同家族手当

海外勤務に帯同する家族がいる場合に支給する手当です。

子どもの多い社員が出向する場合には金額が大きくなります。

留守宅手当、単身赴任手当

家族を日本に残す場合に支給される手当になります。

1つの家族が日本と海外の2拠点で生活することになるため、重複して発生する住居費や公共料金等を補填する目的で支給されます。家族全員が海外に帯同した場合には支給されません。

子女教育手当

海外に帯同した子女の日本人学校やインターナショナルスクールの学費として支給される手当です。特にインターナショナルスクールになると、学費が年間で数百万円単位になることも多いです。

なお、会社から直接学校に学費を振込むケースもありますが、その場合でも多くの国では従業員個人の給与所得として課税されることが多いので、申告漏れに注意してください。

生活を直接補助する費用(住宅手当、医療費、日本の社会保険料に対応する手当)

住宅手当

海外現地の住居費に充てるための手当です。

会社から直接家主に住宅費を振込むケースもありますが、その場合でも多くの国では従業員個人の給与所得として課税されることが多いので、申告漏れに注意してください。

医療費

手当とは少し異なりますが、海外旅行保険や日本の健康保険でカバーしきれない部分の医療費は会社が負担する場合も多いです。

また、現地の医療保険に加入する場合もあり、その費用を会社が負担することもあります。

日本の社会保険料に対応する手当

日本法人に在籍しながら出向する場合、出向後も日本の社会保険料の支払いは継続します。そのため、日本の社会保険料相当額を手当として支給し、そこから控除するかたちで日本の会社が社会保険料を納めます。

名目上は以下の留守宅手当に含めて支給されることもあります。

【要注意】日本円支給の手当も現地での課税対象

日本円で支給される手当も現地での申告を忘れずに

上記の手当の中で、海外勤務手当や留守宅手当は海外勤務者の日本の銀行口座に円で振り込まれることも多いです。
しかし、日本円で振り込まれたとしても、税法上は海外勤務に対応して支給される所得であるため、海外現地の国内源泉所得となり、勤務地国で所得税を納税する必要があります。
海外現地における所得の集計漏れがないように注意しましょう。

為替レートの設定について

基本給や手当を現地通貨で振り込む場合には、為替レートに基づいて現地通貨に換算する必要があります。この為替レートの設定も企業によって様々で、給与支給日前日の為替レートを使用する場合もあれば、四半期平均の為替レートを用いたり、社内独自のレートを採用しているケースもあります。

為替レートの設定によっては、従業員の想定する手取額と差が出てしまい不満が生じるケースもあります。

しかし、日本円を基準にして考える以上、為替レートの変動リスクは避けられませんので、1度企業が採用した為替レートのルールを従業員によく説明して理解してもらうということが最も重要なポイントです。

見落とし厳禁!赴任・帰任時に発生する一時費用の具体例

毎月の給与や手当の他に、赴任時、帰任時にスポットで発生する以下のような費用も考慮しておく必要があります。基本的に以下の費用は全て会社が全額負担することが多いかと思います。

赴任時、帰任時に発生する費用の例

  • ビザ、パスポート取得、更新費用
  • 赴任前健康診断費用
  • 予防接種費用
  • 赴任、帰任時の航空機やホテル代
  • 赴任、帰任支度金
  • 荷造発送費、パッキング代
  • 語学研修費用(配偶者、子女含む)
  • 海外旅行保険

なお、以前、海外勤務者規程などもない会社で、赴任費用という名目で一括でまとめて数百万円を従業員に支給し、給与課税されてしまった事例がありました。

これらの費用については、海外勤務者規程などに定義、金額を定め、支度金以外の実費が把握できるものは領収書等の提出により経費精算を行ってもらうようにしましょう。

給与の3倍⁉ 見えにくい海外出向者のトータルコスト構造

上記で見て来たとおり、海外出向者に対しては給与の他にも様々な福利厚生費用や手当を支給しなければなりません。

海外出向者にかかるコストの構成をまとめると以下の通りです。

区分内容費用構成割合(大体)
グロスアップのための税費用・現地所得税 ・現地社会保険料1/3
福利厚生費用・住宅手当 ・子女教育費 ・医療費1/3
基本給・手当・日本勤務時の手取り ・海外勤務手当、ハードシップ手当等1/3
グロスアップのための税費用・福利厚生費用がコストとして見えづらい

海外出向の際の条件設定で重視されるのは基本給・手当の部分であり、福利厚生費用やグロスアップのための税費用などは海外出向のコストを考える際に抜けてしまっているケースも多いです。

子女の数などにもよりますが、海外出向者にかかる年間のトータルコストを考えると最低でも1,000万円、役職者によっては2,000~3,000万円も普通にありえます。

コストを抑えるために日本での基本給が低い若手の従業員を出向者に決定したものの、子女が数人帯同するかたちになり、現地のインターナショナルスクールの費用だけで数百万円の追加コストが発生するような事例もあります。

海外出向の決定や、出向者の選定にあたっては、基本給・手当だけではなく、上記のトータルコストを踏まえて意思決定を行わなければなりません。

きし

海外に従業員を1人配置するだけで相当なコストがかかるという認識を持つことが重要です。

税務リスクを回避!出向者費用の適切な負担関係とは?

海外現地法人のために行う出向の費用は、税務上は基本的に全て現地法人の負担となります。したがって、日本法人が出向者の給与や福利厚生関連費用を負担している場合には、それは日本法人から現地法人に対する寄附金として課税されてしまいます。

そのため、以下のいずれかの方法で、出向者に係る費用は現地法人の負担とします。

①日本で立て替えてから現地法人に請求する

海外勤務手当や留守宅手当については、出向者に日本の銀行口座に円建てで振り込まれることが多く、日本の法人から振り込むケースも多いかと思います。

その金額を日本法人では一旦立替金として経理し、後日に現地法人へ請求するのがこちらの方法です。

ただし、現地法人から日本法人へ立替金を振り込むタイミングで、海外現地の税務当局に日本払い給与が現地の所得税として申告されているかどうかの確認が行われたり、出向に関する業務内容を疎明しないと現地において損金算入が否定されるといったリスクが発生します。

特に日本払い給与の現地における所得税申告が漏れてしまっているケースは多く、立替金を現地法人に請求してしまうと申告漏れが発覚する呼び水を作ってしまうことから、現地法人に立替金を請求したくてもできないことがよくあります。

立替金を現地法人に請求しない場合には、日本の税務当局から寄附金認定されてしまうわけですが、あえて寄附金課税を受け入れるといったケースもあります。

また、結果として日本法人で給与の一部を負担してしまうかたちになると、海外現地のPE認定リスクが増大するおそれがあります。
日本法人の給与の負担があると、海外現地の税務当局は現地で日本の営業活動などを行っていると認定し、日本法人のPEが現地に存在すると認定してくる可能性があります。

特に、中国やインドなどの新興国では自国の税収確保のためにPE認定に積極的であるため注意が必要です。

ポイント:日本法人で寄附金課税されない費用

出向者に係る費用は基本的に全て現地法人の負担となりますが、一部、日本法人の負担としても寄附金課税されないものもあります。

1つは、給与較差補填金で、出向元の法人が出向先の法人との給与条件の較差を補てんするため出向者に対して支給した給与は、出向期間中であっても、出向者と出向元の法人との雇用契約が依然として維持されていることから、出向元の法人の損金の額に算入されます。ただし、どの程度の金額までが較差補填として認められるのか、といった点がグレーゾーンであるため、税務の検討に時間を要します。

また、海外出向者が日本での社会保険の加入を継続する場合に、会社負担分の社会保険料を日本法人で負担することがありますが、これはいずれ日本に帰任する従業員の不利益にならないようにするために不可避の支出ということで、税務調査の現場で寄附金課税が行われないケースもあるようです。

②出向者の給与等を現地法人から直接支払う

出向者の給与や福利厚生費用を現地法人から直接支給すれば、現地の所得税の申告漏れもなくなりますし、立替金の請求事務も不要になります。

そのため、出向者の給与等を現地法人から直接支払ってしまえば、問題は解決するように思えます。

しかし、こちらの方法に関しては、出向者の利便性が阻害されてしまうというデメリットがあります。

つまり、現地法人からの支給となると、給与や福利厚生費用が全て現地通貨で振り込まれるかたちとなります。

そうなると、家族を日本に残しているような場合には、必要な都度、日本円に転換して送金しなければならず、為替リスクや送金処理の手間に出向者が悩まされることになります。

きし

ただでさえ慣れない異国の地で業務を行うストレスがある上に、お金周りの悩みまで追加されるのは避けたいところです。

さらに、日本払いの給与がなくなってしまうと、日本の社会保険が継続できなくなってしまうという大きなデメリットも発生します。

以上より、出向者の給与等を現地法人から直接支払う方法は、出向者の利便性を考えるとなかなか採用しづらい実情があります。

まとめ:トラブル防止の鍵は「海外勤務者規程」の整備と専門家連携

海外勤務者の給与設計の基本的な考え方や注意点を解説していきました。

手取額をベースとして考えていく点や、福利厚生費用やグロスアップ計算によるトータルコストの増加など、日本勤務者の給与設計とは考える点が大きく異なります。

従業員の海外勤務が多い企業については、海外勤務者規程を作成して統一されたルールを設定することで、人事担当者の労力を削減することも重要です。

また、海外勤務者の給与設計は日本及び現地の双方の税法が絡んでくる分野であるため、人事担当者と国際税務に強い税理士の密な連携が必要になってきます。

お気軽にお問い合わせください

マロニエ会計事務所では、「海外勤務者の給与設計と税務」に関するご相談を積極的にお受けしております。貴社の状況に応じ、以下のような支援が可能です。

  • 海外勤務者給与規程の策定支援 「購買力補償方式」や「併用方式」など、貴社の方針に合った海外基本給の算定方法をご提案します 。また、ハードシップ手当、住宅手当等の各種手当を含めた総合的な給与規程の策定を支援します 。
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きし

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