きしこんにちは。栃木・宇都宮のマロニエ会計事務所です。
「親会社の方針で標準原価計算を入れたが、現場の実態と合わない」
「工場の資産管理がずさんになっているが、経理の人員が足りない」
今日の厳しい経営環境において、製造業が利益を確保し、事業を成長させていくためには、コストの正確な把握と管理が不可欠です。
原価管理は単なる会計上の作業ではなく、企業の競争力を左右する重要な経営戦略の一部と言えます。多くの実務書やセミナーでは、そのための「理想のツール」として「標準原価計算」が紹介されます。
今まで実際原価計算を採用していた企業が「とりあえずみんなが良いと言っているから標準原価計算に移行しよう」と言っている事例を私も何度も見てきました。
しかし、標準原価計算の導入と運用には多くの落とし穴が存在します。
特に、社内の管理リソースが限られている非上場規模の製造業にとっては、そのデメリットがメリットを上回ってしまうケースも少なくありません。
その上で、どのような企業であればそのメリットを享受でき、どのような企業が導入を慎重に検討すべきかを明らかにします。
この記事が製造業の皆様にとって自社に最適な原価管理手法を選択するための一助となれば幸いです。
なお、本稿は、売上10億〜1,000億円程度(非上場中堅、大手クラス)の製造業が標準原価計算を採用することを想定した記載となっております。
そもそも標準原価計算とは?「あるべき原価」の仕組み
標準原価計算とは、「実際に製品を作る前に、目標となるべき『あるべき原価』を科学的・統計的に設定し、その目標と実際にかかった原価を比較分析する手法」 のことです。
例えば、工員が製品を作る前に、「設計書通りに作れば、材料費と加工賃を合わせて1個500円で作れるはずだ」という目標(標準)を設定します。そして、実際に作り終わった後、かかったコストが550円だったなら、「なぜ50円オーバーしたのか?」その原因(材料のロスが多かった、作業に時間がかかりすぎたなど)を分析し、次の改善に繋げるのです。
この「目標となるべき原価」、すなわち標準原価は、主に以下の3つの要素から構成されます。
標準原価 = 標準直接材料費 + 標準直接労務費 + 標準製造間接費
- 標準直接材料費: 製品1単位の製造に標準的に消費されるべき材料の費用です。
- 計算式: 標準消費量 × 標準価格
- 標準直接労務費: 製品1単位の製造に標準的に要するべき作業時間に対する費用です。
- 計算式: 標準作業時間 × 標準賃率
- 標準製造間接費: 製品1単位に標準的に割り当てられるべき間接的な製造費用(減価償却費、光熱費など)です。
- 計算式: 標準配賦率 × 標準操業度
上記のように設定された標準原価は、実際原価と比較されることにより、非効率な部分をあぶり出してコストを管理し、最終的には現場の業務効率を改善するための経営管理ツールとなります。
標準原価計算と実際原価計算の違い|計算タイミングと管理目的
標準原価計算の特性をより深く理解するために、もう一つの主要な原価計算手法である「実際原価計算」との違いを明確にしておきましょう。両者は目的もタイミングも根本的に異なります。
| 比較項目 | 標準原価計算 | 実際原価計算 |
| 計算のタイミング | 生産活動の前 | 生産活動の後 |
| 計算の基礎 | 事前に科学的・統計的に設定された消費量と価格(標準値) | 実際に消費した量と支払った価格(実績値) |
| 主な目的 | 原価管理(内部管理目的) | 正確な財務諸表の作成(外部報告目的) |
最も決定的な違いは、計算のタイミングです。標準原価計算は、生産を始める前に「いくらかかるべきか」という目標値を設定します。一方、実際原価計算は、生産期間が終了し、すべての費用が確定した後に「実際にいくらかかったか」を事後的に集計する方法です 4。
この違いから、両者が経営者に提供する情報も異なってきます。
- 標準原価計算が提供する情報: 「我々は計画通り、効率的に生産できただろうか?」
- 目標(標準)と実績(実際)の差額である「原価差異」を分析することで、材料の使いすぎ(数量差異)や仕入価格の高騰(価格差異)といった非効率の原因を具体的に特定し、改善活動に繋げることができます 6。
- 実際原価計算が提供する情報 「この製品を作るのに、最終的にいくらかかったのか?」
- 企業の財産(棚卸資産)や利益(売上原価)を正確に計算するために不可欠な情報を提供します。これは、株主や税務署といった外部の利害関係者に対して、企業の財政状態を正しく報告するために必須の計算です。
重要なのは、標準原価計算を採用したとしても、最終的には実際原価との差額(原価差異)を会計処理し、財務諸表上の数値を実際原価ベースに修正する必要があるという点です。
製造業で標準原価計算が「理想」とされる4つのメリット
標準原価計算が長年にわたり多くの企業で採用され、理想の原価計算方法の1つとされてきたのは、以下のようなメリットが存在すると言われているためです。
目標設定と動機づけ
科学的根拠に基づき、努力すれば達成可能な水準で設定された標準原価(「現実的標準原価」と呼ばれる)は、製造現場にとって明確な目標となります。これにより、従業員のコスト意識が高まり、「標準を達成しよう」「さらに改善しよう」という動機づけに繋がります。単なる精神論ではなく、論理的、科学的な数値目標が現場の改善活動を促進します。
迅速な業績評価
月末の締めを待たずとも、日々の生産活動の結果を標準値と比較することで、問題点を早期に発見できます。例えば、「A製品の材料歩留まりが標準より悪い」「B工程の作業時間が標準をオーバーしている」といった具体的な問題をタイムリーに把握し、迅速に対策を講じることが可能になります。
原価の早期把握
製品原価が事前に計算されているため、見積り依頼への迅速な対応や、新製品の価格設定といった意思決定をスピーディーに行うことができます。市場の変化に素早く対応できることは、大きな競争優位性となります。
決算の早期化
標準原価に数量情報を乗じれば原価計算を行うことができるため、各勘定科目や部門の実績の費用を集計してからではないと実行できない実際原価計算よりも、早期に売上原価や粗利といった決算数値を集計できるというメリットがあります。
上場企業子会社の実務における「標準原価計算」4つのデメリット
ここまで標準原価計算のメリットを解説してきましたが、ここからは標準原価計算が抱える実務的なデメリットをご紹介していきます。
原価差異の増大が招く「工場資産評価」の歪み
標準原価は目標値であるため、実際原価との間に差異が生じるのは当然です。しかし、この「原価差異」が常に大きく、かつ予測不能な形で発生する場合、標準原価は経営管理の目標どころか、判断を誤らせる元凶になりかねません。
きし例えば、近年のように原材料費や燃料費、物流コストが急激に高騰する状況を考えてみましょう。
これらのコスト変動は、一工場の努力だけではコントロール不可能です。仮に、ある製品の標準原価を1,000円と設定していても、材料費高騰により実際原価が恒常的に1,300円になってしまった場合、毎月計上される300円の「不利差異」は何を意味するのでしょうか。
この状況では、標準原価1,000円という数値はもはや意味をなさず、この数値を基に販売価格を決定すれば赤字受注に繋がりかねません。
標準原価が常に市況や相場などを反映した金額にタイムリーに反映されれば問題ないのですが、トヨタやソニーのような超巨大企業ならいざ知らず、非上場企業レベルの製造業ですと、そのような標準原価の更新作業を行うことはマンパワー的にもなかなか難しいと思います。
IT環境の変化で薄れる「決算早期化」のメリット
「標準原価計算を導入すれば月次決算が早くなる」というのは、古くから言われてきたメリットの一つです。請求書の到着を待たずに、あらかじめ設定した標準原価で迅速に仮の損益を把握できるためです。
しかし、この優位性はIT技術が発達した現代において、この決算早期化のメリットは薄れてきています。
今日の決算業務におけるボトルネックは、原価計算の複雑さよりも、各部署からのデータ収集の遅れや、承認フローといった業務プロセスそのものにある場合がほとんどです。
最新の会計システムやERP(統合基幹業務システム)を導入すれば、販売データや購買データ、勤怠データなどを連携させ、実際原価をリアルタイムに近い速度で自動計算することが可能です。
手作業やExcelベースの管理から脱却し、業務プロセスを見直すことの方が、決算早期化には遥かに効果的です。
経理部の人員が確保できている製造業では、翌月4~5日程度には実際原価計算が確定しているような企業も多いです。
多額の原価差異が発生してしまうような精度の標準原価計算によって不正確な決算情報を提供するよりは、実際原価計算の早期化を目指した方が良いでしょう。
多品種少量生産における「マスター管理」の限界と形骸化
標準原価計算の導入と運用には、想像以上の手間とコストがかかります。
まず、製品ごと、部品ごとに部品表(BOM)や工程表を精査し、標準消費量や標準作業時間を設定する初期作業は膨大です。
しかし、それ以上に大変なのが、一度設定した標準を維持・更新し続ける「メンテナンス」の負担です。
特に、顧客のニーズに合わせて多種多様な製品を少量ずつ生産する「多品種少量生産」の現場では、製品の仕様変更、使用材料の変更、製造プロセスの改善が日常茶飯事です。
その変更のたびに、関連するすべての標準原価マスターを更新しなければ、標準原価はあっという間に陳腐化します。数百、数千という品目を扱う非上場規模の製造業が、限られた管理部門の人員でこの更新作業を完璧にこなすのは、現実的にほぼ不可能です。
きし売上数千億円の上場企業レベルですら、標準原価マスターの更新漏れは発生しています。
その結果、マスターデータは古い情報のまま放置され、計算される標準原価は実態と大きく乖離します。
信頼性を失った数値は経営者を初め、誰にも使われなくなり、多大な労力をかけて導入したシステムは「形骸化」してしまいます。さらに、実態と乖離した標準から生まれる無数の原価差異を毎月分析する作業は、原因究明が困難な不毛な時間となり、本来の目的である改善活動には繋がりません。
過去実績の使い回しによる「標準原価の予定原価化」
標準原価計算の教科書的な理想は、その標準が工学的・科学的な分析に基づいた「あるべき姿」であることです。しかし、多くの製造業の現場では、そのような分析を行うための専門知識を持つ人材やリソースが不足しています。
その結果、多くの企業が陥るのが、「昨年度の実際原価の平均値」を今年の「標準原価」として設定してしまうという安易な運用です。これは厳密には標準原価計算ではなく、「予定原価計算」と呼ばれるものに近い考え方です。
改善の目標となるべきツールが、現状維持を正当化する道具に成り下がってしまい、標準原価計算が本来持つ力を完全に失ってしまうのです。
自社に最適なのはどっち?生産形態とリソースによる適合性診断
ここまで標準原価計算の厳しい現実を解説してきましたが、これは決して標準原価計算そのものが「悪」だということではありません。問題は、企業の特性や規模とツールの特性がミスマッチを起こしていることにあります。自社の事業内容や生産方式を客観的に分析し、標準原価計算が本当に合うのかどうかを見極めることが重要です。
標準原価計算が有効に機能しやすい企業
- 生産形態: 同じ規格の製品を繰り返し大量に生産する、組立ライン型の製造業。
- 具体例: 自動車部品、家電製品、規格化された食品など、生産プロセスが安定しており、作業の標準化が進んでいる業種。
- 理由: このような環境では、一度設定した標準が長期間有効であり、標準からの逸脱(差異)は、製造現場でコントロール可能な非効率(材料のロス、作業の遅れなど)を示している可能性が高いため、差異分析が直接的な改善活動に結びつきやすいのです。
標準原価計算が機能しにくい企業
- 生産形態: 多品種少量生産、個別受注生産、一品一様の製品を製造する業種。
- 具体例: 特注の産業機械、オーダーメイド家具、建設、ソフトウェア開発など、製品ごとに仕様や原価が大きく異なる業種。
- 理由: 製品ごとに「標準」を設定・維持する手間が膨大になる上、そもそも比較対象となる繰り返し生産がないため、標準値そのものの妥当性が低くなります。このような場合は、案件ごとに実際にかかった原価を正確に集計する「実際原価計算」の方が、現実的で有益な情報を提供します。
製造業の皆様が自社の状況を客観的に判断できるよう、以下のチェックリストを用意しました。ぜひ、自社の実態と照らし合わせてみてください。
表1: 標準原価計算 vs. 実際原価計算:自社への適合度チェックリスト
| 診断項目 | 標準原価計算が適合しやすい企業 | 実際原価計算の方が現実的な企業 |
| 生産形態 | (少品種)大量生産、繰返し生産 | 多品種少量生産、個別受注生産 |
| 製品の標準化レベル | 製品仕様が安定的・固定的 | 顧客ごとの仕様変更が多い |
| 工程の安定性 | 作業手順が標準化され、安定している | 工程変更や段取り替えが頻繁 |
| 材料価格の安定性 | 主要材料の価格が比較的安定 | 市況変動の激しい材料を多用 |
| 管理部門のリソース | 原価管理の専門担当者がおり、マスタ更新に工数を割ける | 担当者が兼務しており、日々の業務で手一杯 |
このチェックリストで「実際原価計算の方が現実的な企業」側に多くのチェックが付くようであれば、無理に標準原価計算を導入・維持するよりも、ITツールを活用して実際原価を迅速かつ正確に把握する体制を構築することにリソースを集中させたほうが良いかもしれません。
一方で、必ずしも標準原価計算と実際原価計算の2択で考えるということではなく、実際原価計算を採用しつつ、原価管理として製品ごとの標準原価、予定原価をエクセル等で決算作業とは別に個別に分析するという方法を採用している企業もあります。
さらに、売上数千億円レベルの管理部門のリソースが豊富な製造業でも、実際原価計算を採用しているといったこともあります。
きし自社の特性や規模なども考慮しながら、公認会計士や専門のコンサルタントを交え、自社に合った原価計算を構築していくのが良いかと思います。
まとめ|実態に即した原価計算で、正確な資産管理と利益確保を
本稿では、標準原価計算が万能の原価計算方法ではないことを、実務的なデメリットも交えながら解説していきました。標準原価計算は、経営管理の強力な指標となり得る一方で、多額の原価差異の発生可能性や、煩雑なメンテナンスといったデメリットも抱えています。
原価計算システムを選択する上で最も重要なことは、理論上の優劣ではなく、「自社の経営判断に、タイムリーで、正確で、行動に繋がる情報を提供してくれるか」 という一点に尽きます。教科書に書いてあるから、有名な大企業が採用しているからという理由で安易に導入するのではなく、自社の生産形態、製品の特性、そして管理部門の能力を客観的に分析することが不可欠です。
原価計算は、単なる数字の集計作業ではありません。それは、価格設定、製品の採算評価、設備投資の判断といった、製造業の未来を左右する意思決定を支える、強力な経営ツールです。ぜひ、本稿で提供した視点やチェックリストなどを活用し、経理部門や製造部門の担当者、顧問の公認会計士などと率直に議論を交わしてみてください。そして、自社に最適な原価計算方法を選び抜き、利益ある持続的な成長を目指していただきたいと思います。
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